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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)134号 判決 1978年5月02日

原告

河野均平

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和46年8月28日同庁昭和44年審判第8136号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

原告は主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2当事者間に争いのない事実

1. 特許庁における手続の経緯

昭和33年7月11日 原告は、名称を「半サイズ映画フイルムの撮影および映写方法」とする発明(以下「C発明」という。)につき特許出願(昭和33年特願第19578号)

昭和40年5月20日 前出願から、名称を「半サイズ映画フイルム撮影機」とする発明(以下「B発明」という。)を分割出願(昭和40年特願第29472号)

昭和42年6月6日 この出願を実用新案登録出願に出願変更(昭和42年実用新案登録願第47587号)

昭和44年8月5日 出願変更された考案(以下「A考案」という。)につき拒絶査定

昭和44年10月2日 審判請求(昭和44年審判第8136号)

昭和46年8月28日 「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決

昭和46年10月23日 審決謄本送達

2. B発明の要旨、構成要件、目的、作用効果

(1)  要旨

撮影機であつて、カメラボツクスを有し、該カメラボツクス内に生フイルムを懸架するマガジンから引出されたフイルムが巻取に至る間に該フイルムを標準速度の半分の速度で輸動するローラー群、スプロケツトと内部に前記生フイルムにその標準サイズよりたて方向に半分に縮められたフイルム面に縦、横圧縮して正像を為す画面を撮影する歪像光学系撮影レンズ系を装備したレンズ筒と標準撮影機に対し回転数を変えず間欠かき落し爪の1ストローク巾を半分としているカム機構を具備する間欠かき落し機構とたて方向に半サイズとしている露出窓孔を持つ窓枠を具備した半サイズ映画フイルム撮影機の構造

(2)  構成要件

(イ)  生フイルムに、その標準サイズより上下方向に短縮されたフイルム面に正像よりなる画面を撮影する歪像光学撮影レンズ系を装備したレンズ筒

(ロ)  生フイルムを供給するマガジン、ローラー群、スプロケツトを含む手段

(ハ)  標準撮影機に対し回転数は変えず間けつかき落し爪の1ストローク巾を半分としているカム機構

(ニ)  上下方向に半サイズとしている露出窓孔を持つ窓枠を具備して成る半サイズ映画フイルム撮影機

(3)  目的

従来のフイルムのたて方向半分の面に画像を撮影する撮影機であつて、従来の撮影機に比べ機械および映画フイルムの損傷防止等をして映画経済を図ると共に操作をスムーズにし、能率よく優れた画面を撮影せしめ、しかも大改造することなく工業化の容易な撮影機を提供すること

(4)  作用効果

(イ)  常法の如く撮影を行うことにより、たて方向に半減された生フイルムの被撮影区帯に正像すなわちそのまま球面映写レンズで映写できる画像が形成される。

(ロ)  従来の間欠かき落し機構を簡素化させ、カムや動力においてもその負担が減少されスムーズなフイルム送りができる。

(ハ)  操作は容易軽快でカメラマンの撮影技術にも役立ち、画面の正確さ、美しさを増加することができる。

(ニ)  機構部分はもち論、フイルム送りもゆるやかとなるのでフイルムの損傷も防止される。なお、これにより機械の耐用度を高める。

(ホ)  監督やカメラマンが経済的制約から解放され自由な画材を広く撮つて映画製作を行うことができる。

(ヘ)  大改造をすることなく要点の改造が可能であり、工業化しやすい。

3. C発明の要旨

生フイルムを被写体の左右方向に対し上下(歪像レンズによる横方向圧縮の像を含む)方向に1/2に圧縮された歪像(正像を含む)を得るように歪像光学系を使用して露光し、このフイルムを現像してフイルム上に上下方向に圧縮された歪像(正像を含む)を1駒に形成したフイルムとし、この画像をその像の圧縮された歪像(正像を含む)に逆比率をもつて伸長復元するよう映写機の歪像光学系(広角度球面映写レンズを含む)を使用してスクリーン上に正像を映写するようにすることよりなる映画フイルムの半量節約撮影および映写方法

4. 審決理由の要点

B発明はA考案に出願変更されているから、B発明の要旨はA考案の要旨と同一である。そしてB発明の要旨は前記第2項のとおりであり、またC発明の要旨は前記第3項のとおりである。

そこで、B発明とC発明とを比較すると、B発明はC発明の要旨中の露光段階の括弧部分に相当するものである。

すなわち、露光段階においては、カメラボツクス、フイルムマガジン、ローラ群、スプロケツト、間欠かき落し機構、露出窓枠等を備えた撮影機を使用するのは当然のことであり、またC発明のごとく像を上下方向に1/2に圧縮して映画フイルムを半量に節約するためには、フイルム輸動量を1/2としなければならないからスプロケツト、間欠かき落し機構も標準の1/2の輸動量となるように設計し、露出窓孔も上下に1/2にする必要が生じる。

したがつて、B発明はC発明の露光段階の括弧部分を装置として単に取り出したにすぎず、格別の作用、効果の差異も認めることができないから、結局B発明はC発明と同一のものに帰し、旧特許法第9条による出願日の遡及を認めることができない。そうするとA考案についても出願日は遡及しないから、結局A考案は実用新案法7条3項により実用新案登録を受けることができない。

5. 周知技術

映画の露光段階において、カメラボツクス、フイルムマガジン、ローラー群、スプロケツト、間欠かき落し機構、露出窓枠等を備えた撮影機を使用することは周知である。

第3争点

1. 原告の主張(審決を取消すべき事由)

審決は、B発明がC発明と同一であるとの認定のもとに、B発明の分割出願が適法ではないから、その出願日したがつてまたA考案の出願日をC発明の出願日まで遡及させることができず、したがつてA考案の出願がC発明の出願の後願になるという理由で、A考案は実用新案登録を受けることができないとしている。しかしながら、B発明はC発明と同一ではないから審決の判断は誤りであり、取消されなければならない。

B発明とC発明とが同一でない理由は、次のとおりである。

B発明とC発明とは、カテゴリー、構成要件、目的、作用効果のいずれもが相違するから、技術思想として同一ということはできない。

(1)  カテゴリーの相違

B発明は、「半サイズ映画フイルム撮影機」という物の発明であるのに対し、C発明は、「映画フイルムの半量節約撮影および映写方法」という方法の発明であるから、両者はカテゴリーが相違する。

(2)  構成要件の相違

B発明の構成要件は前記第2.2.(2)のとおりである。これに対し、C発明は、被写体を撮影することから始まり、得られたフイルムをスクリーンに映写することに至る撮影および映写の一連の方法、すなわち生フイルムを露光する撮影工程、フイルムを現像する工程、得られたフイルムをスクリーン上に映写する工程を構成要件とするものであり、しかもこの一連の方法は「被写体を歪像として撮影し、得られた歪像フイルムから正像をスクリーンに映写する工程」(以下「歪像工程」という。)と、「被写体を正像として撮影し、得られた正像フイルムから正像をスクリーンに映写する工程」(以下「正像工程」という。)の2系統の工程を含んでいるものである。そこで両者を対比すると、B発明は、C発明の撮影から映写に至る各工程の方法のすべておよびこの各工程の結合構成を欠いており、C発明と1対1の関係が存在しないことが明らかであるから、両者を同一ということはできない。

(3)  目的、作用効果の相違

B発明の目的、作用効果は、前記第2.2.(3)、(4)のとおりである。これに対して、C発明の目的は映画フイルムの節約であり、その作用効果は、この目的を方法を通して可能にしたことである。したがつて両者は目的、作用効果において明らかに相違する。

2. 被告の答弁

B発明とC発明とは実質上同一であり、審決に違法の点はない。

(1)  カテゴリーの相違について

C発明の方法を使用するときはB発明の撮影機は必要欠くことのできないものであり、またB発明の撮影機を使用すれば必ずC発明の使用につながるのであつて、両者間には表裏一体の関係が存在するから、B発明とC発明とは同一技術思想を異なるカテゴリーの面からとらえて表現したものにすぎない。したがつて両者はカテゴリーは違つても技術思想が同一であるから同一発明である。

(2)  構成要件の相違について

前記第2.5.の周知技術が念頭にあれば、C発明のように像を上下方向に半分に圧縮して映画フイルムを半量に節約するためには、フイルム輸動量を半分にしなければならないから、間けつスプロケツトの歯数を半数とし、露出窓孔も上下に半分の半サイズとする必要が生ずる。したがつて、B発明はC発明の撮影段階の括弧部分に周知事項を付加することにより必然的に生ずるものである。このような周知事項の結合は設計者が当然想起する範囲のものであり、格別の技術思想となるものではない。このようにB発明には、C発明に比べて何ら新規な技術手段が存在しないから、両者は同一発明となるのである。

またC発明においては、正像工程と歪像工程とは択一的なものであるから、このいずれか一方をC発明の要旨とみてもさしつかえないので、B発明が歪像工程を含まないからといつて、C発明と同一発明ではないという理由にはならない。

(3)  目的、作用効果の相違について

装置において部材の動きをなるべく少なくなるよう設計して耐久性の向上を計り、同時に運転動力を小さくすることは常識である。したがつて、B発明の目的、作用効果は、C発明のフイルム半量節約という目的、作用効果を装置という観点から見た場合に当然に生ずるものであるから何ら格別のものではなく、B発明がC発明と同一でないことの根拠とすることはできない。

第4証拠

原告は、甲第1、2号証、第3、4号証の各1から3まで、第5号証、第6号証の1、2、第7号証の1から3まで、第8号証、第9、10号証の各1、2、第11号証から第13号証まで、第14号証の1、2、第15号証、第16、17号証の各1、2、第18号証の1から3まで、第19号証の1、2、第20号証、第21、第22号証の各1、2、第23、24号証の各1から3までを提出し、被告は甲号各証の成立を認めると述べた。

第5争点に対する判断

1. 本件の争点は、B発明とC発明とが同一発明であるかどうかである。まず、B発明は半サイズ映画フイルム撮影機の発明であるから「物」の発明であり、C発明は映画フイルムの半量節約撮影および映写方法の発明であるから、「方法」の発明であつて、そのカテゴリーは相違する。しかしながら、発明によつては同一技術思想を方法の発明または物の発明のどちらで表現してもよい場合があるから、単にカテゴリーが相違するというだけで、両発明を同一でないと断定することはできない。結局両発明が同一かどうかを判断するためには、両者の構成ないし目的、作用効果を比較する必要がある。

2. 構成要件の比較

B発明の構成要件が前記第2.2.(2)のとおりであることは、当事者間に争いがない。

また、C発明の構成要件は、前記第2.3.の当事者間に争いのないC発明の要旨から次のように分説することができる。

(イ') 生フイルムを、被写体の左右方向に対し、上下(歪像レンズによる横方行圧縮を含む)方向に1/2に圧縮された歪像(正像を含む)を得るように歪像光学系を使用して露光し、

(ロ') このフイルムを現像してフイルム上に上下方向に圧縮された歪像(正像を含む)を1駒に形成したフイルムとし、

(ハ') この画像を、その像の圧縮された歪像(正像を含む)に逆比率をもつて伸長復元するよう映写機の歪像光学系(広角度球面映写レンズを含む)を使用してスクリーン上に正像を映写するようにする

(ニ') 映画フイルムの半量節約撮影および映画方法

なお、前記C発明の要旨によれば、C発明における歪像工程と正像工程とは択一的なものであることが明らかであるから、正像工程に関する構成要件のみをとり出して、B発明の構成要件と対比してさしつかえない。

そこで両者を対比すると、B発明は、C発明の正像工程に関する構成要件中の(ロ')、(ハ')のような現像、映写の工程に必要な装置を構成要件として全く欠いていることが明らかである。したがつて、B発明の撮影機を使用した場合には、C発明の正像工程の方法のうち、撮影段階の方法のみを使用することになり、その正像工程のすべての方法を使用したことにはならない。一方C発明の正像工程の方法を使用する場合には、B発明の装置のみでは、C発明の正像工程の方法の全工程を実施することができない。それ故、両発明の各構成要件の間には、1対1の対応関係が存在しないといわなければならない。審決はこれを見逃がし、C発明の正像工程の構成要件の一部である撮影段階の方法のみを取り出し、B発明と対比している点で既に誤りを犯している。

さらに、両発明の共通部分である正像工程の撮影段階に関する構成要件を対比しても、C発明は(イ')のように抽象的な技術であるのに対し、B発明はこの(イ')の正像工程の撮影方法を実現するために(ハ)、(ニ)のごとく、特殊な具体的構成をその要件としているから、この共通部分においてさえ両者の構成に明白な相違が存在する。審決はこの点に関して前記第2.5.の当事者間に争いのない周知技術の存在を前提として、C発明のごとく像を上下方向に1/2に圧縮して映画フイルムを半量に節約するためには、B発明の(ハ)、(ニ)のように構成する必要が生じ、したがつて、B発明はC発明の撮影段階の括弧部分を装置として単に取り出したにすぎず、格別の作用効果も認めることができない旨述べている。しかしながら、C発明においては、撮影機の構造をB発明におけるように具体的に特定していないことは、さきに認定したとおりである。したがつて、C発明にはB発明の撮影機の具体的構成が含まれていないから、前記周知技術を前提として考えても、B発明はC発明の中から撮影段階に必要な部分を装置として単に取り出したに過ぎないということはできない。せいぜい考えられることは、前記周知技術を前提とすれば、C発明の撮影段階において用いる撮影機はB発明の撮影機のような具体的構成にすることが必要であろうとの推測が可能であるというにとゞまる。

3. 目的の比較

B発明の目的が前記第2.2.(3)のとおりであることは、当事者間に争いがない。一方成立に争いのない甲第2号証(C発明の特許公報)によれば、C発明の目的は、B発明のような撮影機の提供にあるのではなく、映画における撮影、映写を通じ莫大な量のフイルムおよび関連機構、労力等の節約にあることが認められる。したがつて、両者の目的の間には明確な相違があるといわなければならない。

4. 作用効果の比較

B発明の作用効果が、前記第2.2.(4)のとおりであることは、当事者間に争いがない。一方前記甲第2号証によれば、C発明の作用効果は、フイルム画面の寸法が縦方向に1/2に短縮されることにより、1本の映写に必要なフイルムが従来の半分の量で足り、現像、焼付の工程およびその使用材料もそれに伴つて減少し、映写機の切換回数も従来の半分以下となり、フイルムの損傷、フイルム輸送費、労働量を減ずることができ、映画の製作費が節約できることにあると認められる。

そこで、両者を対比すると、B発明の作用、効果は撮影機として特有の作用効果であるのに対し、C発明の作用効果は、縦方向に1/2に圧縮された特殊映画フイルムを用いる映画方法特有の作用効果であるから、両者が相違していることは明らかである。

5. 以上検討したところによれば、B発明とC発明とはその構成はもちろん、目的効果においてさえ相違し、わずかに、縦方向に1/2に圧縮された映画フイルムを用いるという技術思想の一部が共通しているにすぎないから、両者を同一発明ということはできない。

6. してみると、両者が同一発明であることを理由として、B発明の分割出願を不適法なものとし、その出願日の遡及を認めず、ひいてはA考案についても出願日の遡及を認めず、結局A考案はC発明の後願となるという理由で実用新案登録を受けることができないとした審決の判断は誤りであり、違法であるといわなければならない。

よつて、その取消を求める原告の本訴請求は正当であるから認容し、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(古関敏正 小笠原昭夫 石井彦壽)

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